日本の経済はバブルの崩壊以降ずっと不況が続いていると言われていますが、2000年代初頭にITベンチャー企業を立ち上げて成功した人たちは、そうした不況もどこ吹く風で莫大な資産を築いて羽振りの良い話題を提供しています。そんな中でよく耳にするのが都内のタワーマンションで、芸能人やベンチャー企業の社長が住んでいるような部屋は家賃が数百万円も珍しくありませんし、購入金もおそらく数億円はする部屋でしょう。このような超高級マンションの走りとなる物件を開発し、1980年代にいわゆる億ションブームを巻き起こした火付け役が、不動産総合商社アルテカの創業者である野村紘一氏です。
野村紘一氏がアルテカを創業したのは1975年のことで、当時はマンション1室あたりの平均価格は1500万円ほどでした。その中で新規に参入してきた会社がいきなり1室1億円を超える超高級マンションであるベルテ原宿を販売した際にはちょっとした話題になり、マスコミでも取り上げられるほどでした。一般的な話題とは異なり、業界の中ではそんな無茶な価格設定でマンションが売れるわけがないと言う意見が大半でしたが、実際にはベルテ原宿は全室完売と言う成功を収め、その後に続くアルテカの超高級マンションシリーズであるベルテシリーズ、アイムシリーズ、ベルアシリーズの礎となりました。さらに同業他社もその流れに追随して数多くの超高級マンションを開発し、億ションブームが巻き起こったのです。
野村紘一氏の功績は単にブームを巻き起こしたということではなく、それによって日本の住環境を向上させ、有効な土地活用を実現したという点にあります。自社の利益だけを追求するのでなく、そうした全体を見る目を持っていたということは、アルテカが開発中のマンションを同業他社が見学したいと言う希望には、基本的には全て応じていたという逸話にも現れています。経営者として、非常に先見の明に優れた人物だったと言えるでしょう。
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